ラオス放浪記〜ルアンパパン編

平成20年11月24日〜27日まで3泊4日でラオスの首都のビエンチャン旅行のつもりで出かけました。
ところが25日にタイのバンコックの国際空港が占拠されタイ経由で来た私達は退路を断たれました。
それから仕方なく予定よりも2日延泊し世界遺産のルアンパパンを観光しました。
脱出ルートはビエンチャン→ルアンパパン→ハノイ→ソウル→福岡です。
結局今回は6泊7日の長旅となりました。


首都ビエンチャンからルアンパパンまでは空路で約1時間、ラオス航空での移動です。
ルアンパパンの空港です。ビエンチャンでガイドをしてくれたカイちゃんですが、無理矢理同行してもらいました。日本語はまあまあしゃべれますが肝心なところが少し通じませんでした。
ルアンパパンについて最初に寄ったのが手工芸品の村です。紙すきで厚手の紙を作ってますが中に花をちりばめているのが特徴的でした。
一つ一つ丁寧に配置をきめて和紙というかラオス紙になっていきます。これがまた加工されて提灯やかざりなっていきます。
ラオスはシルクの生産でも有名です。随所に国民がしているマフラーや巻スカートもみんなシルクです。みごとな壁飾りになるシルクのタペストリーもありました。タイシルクよりもこちらの方が本格的かもしれません。

マッサージパーラーです。基本的にタイ古式マッサージによく似てます。いやしの空間を演出してます。
夜市です。半袖だとさすがに寒いです。


少数民族とおぼしき家族もいろんな民芸品を売っています。小学生くらいの子どもも売り子としてがんばっていました。モン族だったと思います。
ナイトクラブです。みんな和気藹々と踊っていました。1970年代から1980年代のディスコといった感じでしょか?かなり庶民的でした。料金は入場料は特になく飲み物代だけでした。
泊まったホテルの朝食会場です。朝食だけでも可能です。心が落ち着きます。
朝食会場にいた若いスタッフです。ルアンパパンの人は控えめでおとなしいといった印象です。女の子はマフラーをしています。食事はまずまずでした。
ルアンパパンの市内からいよいよメコンクルーズです。奥に見えるのがメコン川です。
長い階段を下るようですが増水時には一番上まで水かさが来るそうです。
クルーズ船です。いつも夫婦で運行しているそうです。
最初の寄港地、バーン・サンハイの村です。
伝統的な酒作りが行われておりラオスの焼酎や蛇をお酒に漬けているいうなれば蛇酒を売っているところです。
また、織物のような手工芸品を購入することもできます。
カラフルなシルクのマフラーです。思わず全部買いたくなりました。
あまりの色の鮮やかさに思わずマフラーを買ってしまいました。20枚は既に左手に提げています。自分も一枚マフラーをしてます。これで丁度良い気候なのです。
パウクー洞窟の仏教遺跡に到着です。
数多くの仏像が安置されています。
特に女性はマフラーをしています。おしゃれの要因のが強いのですかね?
ルアンパパンの南約30kmの郊外に行ったところでクアンシーの滝に行きました。いわば白糸の滝のような優雅な美しさでした。
タイからの観光客が来ていました。タイ人は服装やアクセサリーでわかります。
少し派手でラオス人とは明らかに違っていました。
夜市でアメリカのコロラドから来た女性と思わず2ショットです
夜市でやはり今回の空港の動乱での日本人の難民と知り合いになりました。
さあ、これからどうして日本にうまく脱出できるか情報交換を真剣にいたしました。
ルアンパパン名物朝の托鉢です。6時頃各寺院から僧侶が素足ででてきて簡易ジャーみたいなものを持ち歩き托鉢をして回ります。
彼らは通常お金を持ちませんのでこうして受けた食べ物が彼らの1日の食べ物になります。
我々3人は心がけがよく朝5時から起きて暗いうちからよいと思われる托鉢ルート沿いに陣取りました。
次から次に僧侶が来て餅米をやるのが間に合いませでした。
竹の櫃の中身は餅米です。
僕は予め器用に三角おにぎりを作って渡しました。ラオスの僧侶は少しびっくりしてました。
他の2人はおにぎり作成不可でただちぎってやるだけです。
ルアンパパンは1353年に建国された、現在のラオスの基となるランサーン王朝の都として栄えた町です。
80もの寺院がひしめくこの町は、町全体が世界遺産に登録されています。

王宮博物館の王様の像の前でポーズを取っています。
王宮博物館の正面入り口です。以前は王様の住居として使われていました。
内部は各国から送られた美術品や王とその家族が利用した寝室などが保存されていて貴族の生活を垣間見ることができます。
朝市です。まさに何でも売っているという感じです。非常に活気がありました。
なんか生々しい小動物も売っていました。
メコン川沿線から新鮮な取れたてなものを売って生計を立てるのもラオス人の生活様式らしいです。
ルアンパパンのメイン通りの町並みです。フランスの植民地だった影響もあり西洋人が多いです。
同じくルアンパパンのメイン通りの町並みです。
何かなつかしい気がします。
また、ゆっくり来てみたいです。西洋人の観光客が多い訳がわかります。のんびりしてて治安がよくラオス人というかルアンパパンの人は人がよいです。
ここにきてあまりいやな思いをしませんでした。
闘鶏場です。東南アジアはどこにでもあるんですね。
一緒に行った友人は、日本語でその会場を取り仕切ってましたので現地の人からキングと言われてました。
(中央左寄りの黄緑のジャンバーの人)
ルアンパパン最後の日、マッサージをしてもらいました。スタッフの女の子にカメラを向けるとニコニコしてます。
女の子はみんなおしゃれなマフラーをしてます。ほんのりと楽しい町でした。

コプチャイ! ありがとう!
・・・このあとベトナム経由、仁川経由で何とか福岡に帰ってきました。今回は疲れたぞー・・・ ☆ ビエンチャン編に戻る・・・

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