ラオス放浪記

平成20年11月24日〜30日までラオスの首都のビエンチャンの旅行のつもりで出かけました。
ところが25日にタイのバンコックの国際空港が占拠されタイ経由で来た私達は退路を断たれました。
それから仕方なく予定よりも2日延泊し世界遺産のルアンパパンを観光しました。
脱出ルートはビエンチャン→ルアンパパン→ハノイ→ソウル→福岡です。



ラーンサーン王国の首都はもともとルアンパパンにあったのですが南部ラオスをタイから牽制すると言う意味でセーターティラート王がここビエンチャンに移したのです。このタートルアンはそのセーターティラート王が建造しビエンチャンの象徴的な建物です。金箔を貼って光り輝いているようにも見えますがただの金色のペイントでした。
タートルアンの入り口で鳥売りから小鳥を買ってまさに解き放とうとしているところです。値段は1万キップだったと思います。
(1万円=85万キップ)


パトゥサイです。独立の記念にフランスの凱旋門を模して建てたそうです。屋上まで階段で上がれますがメタボの私にはあとあと筋肉痛が残りました。とにかく市内に高い建物がないものですから屋上からの見通しがよくきれいな街といった印象です。

(下の2枚の写真は屋上からみた景色です。)




ラオスの道路の整備状況は決してよくありません。首相官邸の前の道でも一歩脇道に入ればガタガタ道です。そんなラオスの国の中で大変一役かっているのが日本のODAの援助です。ビエンチャン市内の立派な道は大体日本の援助でできているようです。これな記念のモニュメントであちこちで目に付きます。ビエンチャンの空港も日本のODAで建設されたようです。



貴金属のマーケットです。金銀製品や白金等が所狭しと置いてあります。銃を持った兵士が見張りをしてました。やっぱり国柄が違うのですね!
(ラオスは社会主義国です。)
場所はタラートサオ(ビエンチャン最大の市場)の2階です。


これがラオスのごく普通の昼食です。
主食が餅米で竹の籠に入っています。
ですからラオス食のだめな方でもふりかけか海苔があれば暮らしていけます。


コリアハウスへ行きました。
ウエイトレスの美女が歌ってくれるということで楽しみにしてましたが期待通り微笑み組が代わる代わる歌ってくれました。
一見の価値有りです。


我々が泊まったドンチャンパレスです。国賓級の方が泊まられるそうです。そしてこの国で唯一エレベーターがある建物だそうです。もちろん高さもラオス一高いということでした。本当に素朴な国よ!


市内にある食品市場に行きました。食べられそうなものは何でもありました。ご覧のようにオタマジャクシの親です。


メコン川のほとりにあるブッタパークです。50年ぐらい前に物好きな方がコンクリートでいろんな仏像を作り入園料を取っている公園です。この帰りに友好橋を渡りタイのノンカーイへ行くつもりでした。
ところが日本からの電話でタイの国際空港の占拠の事件を知らさせましてノンカーイ行きは国境付近で急遽中止、事態の収拾の為にこの後、在ラオス日本大使館へと行きました。


日本大使館の中庭の前です。結局この時、大使館側もあまり事態の状況を把握して無く日本人が携わる旅行社を斡旋してくれただけでした。そこの旅行社で3日後のハノイ、仁川間経由で帰る便を何とか押さえたのでした。この時、3日後しかキップが取れないのと思いましたが、後で考えるとこれが我々にとって最短で帰れるキップだったのです。
この時タイ国内には邦人が約1万人、他の外国人は12万人近くいてこの方々がみんな帰れなくて右往左往してたのです。そして空港の占拠は9日間続いたのです。




・・・まだまだラオスの旅行記は世界遺産のルアンパパン編へとつづきます。

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